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| ・次郎丸の歴史 ミニ講座 | |
| 「次郎丸」という地名ちょっと変わっていますね。 人の名前のような・・・、はたまた船の名前のような・・・・。いったいどんな由来があるのでしょう。 実は「次郎丸」という地名の歴史は古く、鎌倉〜戦国期の古くより「ニ郎丸」という名称が見られるほどですが、実際、その由来は定かではありません。 有田・四箇・飯盛など、近隣にも旧石器時代・弥生時代の遺跡もあり、このあたり一帯は、かなり昔から栄えていたのではと予想できます。また、「立屋敷」は「館屋敷」であって、古い古代にさかのぼると 国王クラスの屋敷地であったという説もあります。
江戸期に入ると、現在の字と同じ「次郎丸村」という記録が見られるようになります。早良七大郷のうち「能解郷(野芥)」に区分されていました。古くからこの地は非常に豊かであったらしく、農業を中心として発展してきました。特に、早良平野一帯を支配した小田部氏家臣「松尾天膳」が栽培を指導したといわれる「甘瓜」はこの地の名産として非常に有名であったようです。 明治初期段階での次郎丸村は、わずかに全54戸人口は212人。明治22年には、「次郎丸村」から「田隅村」の大字となります。昭和29年、田隅村の福岡市合併に伴い福岡市の一部となり、昭和47年には福岡市の区制施行に伴って、福岡市西区に区分されるようになりました。昭和50年時点での人口は942戸3308人。明治時代からずいぶん増えました。昭和57年には現在と同じく福岡市早良区となり、昭和59年には一部が有田1〜8丁目として分離され、現在に至っています。平成13年9月時点では次郎丸1〜6丁目だけでも、世帯数は3322戸、人口は8461人。範囲が異なるとはいえ、昔に比べるとずいぶんと増えたものですね。 地下鉄七隈線も開通し、さらに福岡都市高速も伸びてきます。道路の整備も進み、施設や店舗も充実してきています。 ますます、便利で住みよい街になりそうですね。 参考文献 |
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